Voicy Journal

Voicyで体現したかった大切な信念について

Voicyで体現したかった大切な信念について

「素敵な会社とは、一体なんだろうか?」

なんで、音声の会社なの?!
動画の方が良いでしょ。
情報なら活字でいいじゃん!

僕がVoicyを立ち上げたとき、たくさんのアドバイスをいただきました。

素敵な事業とは一体なんでしょうか。
お金を稼ぐことでしょうか?ユーザーのニーズにこたえることでしょうか?社会的であることでしょうか?今の時代にマッチしていることでしょうか?どれも事業にとって大事な要素だと思います。

しかし、僕が大切にしていることは少し違うところにあります。Voicyは、僕が一生を懸けて体現したいことが詰まっているサービスです。決して平坦な道を歩んできたわけではありません。

今日は、あまり語ることのなかった僕のこころの変化。これまでVoicyが失敗してきたこと、これから叶えていきたいこと、そして、Voicyで一番大切にしていることを書き残したいと思います。

大阪大学基礎工学部電子物理工学科卒業。新日本有限責任監査法人 公認会計士。Ernst&Young New York、トーマツベンチャーサポート株式会社を経て、2016年2月 株式会社Voicyを設立。

はじめに

こんにちは。株式会社Voicyの緒方憲太郎です。

公認会計士。New Yorkでの勤務。複数のベンチャー企業のアドバイザー。僕の経歴を見ると、とても優秀な人間に見えてしまうかも知れません。しかし、僕は決して優秀な人間ではありませんでした。

そして、30歳を過ぎても仕事の楽しみ方が分からず、いい評価を得ることは少なく、何がしっくりこないのか悩みながらもがいてきました。今日は少しだけ、Voicyを立ち上げるまでのお話をさせてください。

TOEIC415点で飛び込んだ
ニューヨークの会社員生活

僕は29歳まで公認会計士として働いていました。会計士を目指した理由を挙げるとすれば、色々な事業が見れそうだから。取っておくと将来選択肢がありそうだから。そんな理由だったと思います。憧れより、一つ生きる術を持っておこうとしたんだと思います。

しかし、苦労してようやくスタートした公認会計士の仕事を、僕は心の底から楽しむことは出来ませんでした。いつの間にか僕の思考は、不安なく生きるためには仕事が必要で、そのための環境を得なければと考えるようになりました。自分に合った楽しい仕事が存在するなんて、当時は考えもしませんでした。

人生は、要領よくポジションを取りながら進むものなのかもしれない。僕の仕事に対する価値観はどんどん仕事に対して期待しない方に向かっていたようでした。

29歳のとき、転機がやってきました。何かを変えなければ。そう思った僕は、1年間、海外放浪することを決断しました。そして、ニューヨークで会社員として働きました。TOEIC415点で飛び込んだ職場は本当に大変で、生きるために必死に仕事をしていました。僕はそこで、仕事で価値を生み続けないと生きられないことを知りました。

人をハッピーにするために生きるということ

そんな中、海外に飛び込むことで、自分の仕事観を変える2つの出来事がありました。

1つ目は、東日本大震災が起こり、アメリカにいる医師を日本に送る団体を立ち上げたことです。医師の友人が絶対作りたいと言い出し、その立ち上げに奮闘しました。震災直後の情報が混乱する中、医師を集め、金や航空会社から宿まで各地交渉し、多くの医師と思いを被災地に送ることができました。色んな感謝が生まれる場所に立ち会ったとき、何かが心の中に生まれた気がしました。

2つ目は、友人のオーケストラからボストンシンフォニーホールというとても大きなホールで単独公演をやりたいから仕切ってほしいと頼まれたことです。もちろんイベントビジネスはやったことありません。資金調達から価格設定、当日の運営まで。必死でした。今でもよくできたなと思います。フィナーレの2700人のスタンディングオベーションのど真ん中で感じた身震いは一生忘れないと思います。

友人がやりたい未知の夢を実現する手伝いが多くの人に価値を与えていく。こうやって社会はハッピーになっていくのか。それまで、自分の環境を良くするために行動を選んでいました。新しい価値を生み、人をハッピーにしてるとき、こんなに幸せを受け取ることは知りませんでした。そこには今まで考えてた要領良い生き方やお金は関係ありませんでした。

ボストンシンフォニーホールで単独公演を開催した時の様子

30歳にして見つけた自分のやりたいこと

新しい価値を生み、人と社会がハッピーになる仕事がしたい。帰国して、次の仕事に選んだのは、ベンチャー企業をサポートするお仕事でした。約300社。資金調達の相談、事業の相談、投資家との架け橋になる日々を過ごしました。ベンチャー企業が挑戦する新しい世界やエキサイティングな成長に虜になりました。

誰かが喜んだり、社会が変わる仕事はこんなに面白いのか。かつて意識していた要領よく生きるという概念はそこにはありませんでした。泥臭くても面白い。この仕事は天職なのかも知れないと感じました。仕事を作り出すという経験は、僕にとって本当に刺激的でした。

しかし、ある体験が僕の大切にすることを、またもや変化させることになります。

僕は、あるIT事業を一緒に作っていました。事業は順調に成長しているかと思われました。しかし、いつの間にか、その事業が大切にしていたコンテンツや世界観が壊れていきました。原因は、意図しないコンテンツばかりに課金が集中してしまったことでした。また、課金をしていたユーザーのお金の流れも、決してそのユーザーにとって本当に幸せになるお金の使い方ではないという現状を知りました。

ビジネスモデルは、文化を壊す可能性がある。ときにユーザーをより不幸にする。事業にとって大切なことは、お金が稼げればいいんじゃない。自分を表現するために事業があるんじゃない。社会が前に進む事業であるかどうか。社会に幸せな価値を生みだすことなんだ。

僕が次に挑戦するなら、多くの人を幸せにする素敵な事業を作ってみせることかもしれない。今までの経験を使えば素敵なものを社会にお届けできるかもしれない。そして僕は、35歳のとき、株式会社Voicyを立ち上げます。事業にとって本当に大切だと思うものを体現していくために。

失敗続きだったVoicy

2015年、エンジニアの窪田と出会い、Voicyの元になるサービスを作っていきました。しかし、思い通りにはいきませんでした。友人のオフィスを転々と間借りしながら、二人で作るサービスはなかなか完成しませんでした。コンセプトも理解されません。人のアドバイスを受けて二転三転。ようやくリリースに辿り着いたサービスは、ユーザー数が100人にも満たない状況が数ヶ月も続きました。

アプリもよく落ちるし、サービスや事業をバカにされるのは良かったのですが、配信してくれるパーソナリティさん達までその影響が及ぶのはとても悲しかったです。

「使ってくれる人がいるだけでも嬉しいねぇ。でももうちょっと使ってくれてもいいのにねぇ。」そうやって窪田と夜中のオフィスで笑っていたのを覚えてます。

「とにかく声で発信しやすくなれば今まで音声発信してない人も参加して、更にクリエイティブにもなる。そしたら面白いコンテンツが生まれるから、それでリスナーも喜ぶんだ〜!」そうやって意気込んでいましたが、日々のデータとにらめっこしていた僕の声は、約半年間、なかなか元気になりませんでした。

Voicyが立ち上がったときの社内の様子

たった一人の配信がVoicyを変えた

どうしたらVoicyを使ってくれる人が増えるだろうか?もっと手軽に、もっと心の内面をだしたらきっと面白くなるはずなんだ。

音声で情報を伝えるんじゃなくて、その人の人間性を伝えるサービスにしよう。それも簡単に収録ができて、簡単に聴けるからこその声のブログを目指そう。試行錯誤の中で、僕たちは、ボイスメディアという言葉に行き着きました。

そんなとき、声のブログに挑戦してくれた方がいました。その方の配信が終わった後、Voicyはこれまで無いほどにユーザーが伸びていきました。

それは起業家の家入一真さんでした。

「家入さんの声がすごく素敵だった」
「テキストでは見えない部分が見えた」
「家入さんの人間性を知ることが出来た」

配信後のコメント欄は続々と感想で埋め尽くされていきました。

その後、ブロガーのはあちゅうさんが参加し、声が可愛いと話題になり、声での配信の新しい価値を届けてくれました。すると、色んな声の魅力を発信する方が参加し、またリスナーさんもその良さや楽しみ方を発信してくれるようになり、サービスは一気に姿を変えました。

Voicyは、これまで文章では伝わらなかった彼らの声や温かさ、普段見せないその人のオフの部分をうまく表現し始めました。音声は、これまで見えなかった人間性の部分や感情などを表現することができると確信に変わった瞬間でした。

なんで、音声の会社なの?!
動画の方が良いでしょ。
情報なら活字でいいじゃん!

Voicyのユーザー数の増加と比例するように、音声に対して懐疑的だった意見ばかりだった世界が感謝される世界に色が変わっていきました。そして、少しづつ、Voicyや音声メディアの必要性を発信してくれる仲間が増えてきたんです。

Voicyが向かう音声の未来

みんなの見本になるような素敵な会社を作りたかった。
世の中にハッピーを生みながら、楽しんで稼げる会社を目指していいんだって実証したかった。

これは、僕がVoicyを立ち上げたときに決めた大切にしていることです。僕はいま、音声に無限の可能性を感じています。その可能性は、決して自分の力で理解したものではありません。Voicyを使ってくれているパーソナリティー。そしてリスナーの方にVoicyを通じて教えて頂いたことでした。

音声は、普通の情報に加えて感情を乗せることが出来ます。「ありがとう」に無限のバリエーションを生み出すことができます。音声は、その人の人間性を平面的でなく、感情や思考などがこもった3Dで届けることができます。音声は、文章には生み出すことが出来ないことを実現することが出来るんです。

いま、あらゆる物がインターネットと繋がり始めています。僕は近い将来、モニターもキーボードも必要ない音声が、情報をリードしていくと思っています。Voicyはそんな新しい未来を実現するために、音声を各所に配給するインフラを構築したり、音声が生活に染み込む体験をデザインするサービス(VUI:Voice User Interface)も行っています。

音声にしか実現出来ないことがたくさん存在しています。僕たちはこれからも世の中をハッピーにするサービスを体現するために、駆け抜けていきます。そして、その瞬間瞬間を切り取ってこのVoicy Journalで皆さんにお届けしていきたいと思っています。音声で多くの人がワクワクする未来を目指して。

最後に

「いま、あなたがしている仕事は楽しいですか?」

僕は30歳を超えるまで、仕事の楽しみ方が分からない人でした。しかし、30歳を過ぎた辺りから、僕の人生は大きく変わっていきました。少しづつ、仕事は楽しいものに変わっていきました。そして、自分は何をしたいのか?何を大事にしたいのか?ということがようやく見えてきました。

僕がVoicyを立ち上げたのは35歳のときでした。人生に遅すぎるということはない。大切なことは、仕事を楽しむ事かもしれません。仕事を楽しんでいれば、自然と自分のやりたいことが見えてくるのかも知れません。

「世の中をハッピーにしたい」

この信念で事業が作れるということを、僕はVoicyで証明していこうと思います。愉快で大切な仲間達と大切な創業の思いを大事にしながら。このVoicyのオウンドメディアが少しでも多くの方のハッピーのきっかけになれば幸せです。

もし、同じ思いで働いてみたいと思った方がいたら、Voicyは、こんな壮大なビジョンを叶えるため、一緒に働いてくれる仲間をいつでも募集していますのでお待ちしてます。

これから山のように押し寄せる荒波を一緒に乗り越える仲間のストーリーをこのオウンドメディアでお届けしますので、是非楽しみながら応援いただけたら嬉しいです。

株式会社Voicy代表 緒方憲太郎

この記事を書いた人

Voicy代表取締役CEO緒方憲太郎
関西で生まれ育ち、大阪で公認会計士として働く。29歳で1年かけて地球を2周放浪後、ニューヨークで2年働き、その後東京で数百のベンチャー企業をビジネスデザイン等で支援した後、音声ITベンチャーVoicyを起業。
新しい文化と価値を社会に生む会社を、とにかく楽しく一生懸命働くメンバーで作っています。
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